希望の女性たち

この1年は私たち夫婦にとって特別の特別の特別でした。

昨年の8月頭には久しぶりにプライベートで旅行でもしようかと言うことで、北海道へ出かけました。写真は富良野のラベンダー畑です。

この富良野で食べたアイスが美味しかったあ。

でもこの頃も由美子さんの体調が良くはなく、8月の終わりには体重も落ちてきて、10月に膵癌が見つかりました。診断はステージ4で、このまま何もしなければ来年の桜は見られないでしょうとのことでした。

もう絶望。

都内の病院でしたので、帰りの首都高で「このまま空に飛び込んでしまいたいな」と僕は思いました。

治療方針は通院での抗癌剤投与で、都内の病院への通院は難しく、自宅からほど近い病院へ転院をしました。転院した病院の診断はステージ3相当の2ということで少しホッとしましたが、やはり手術はできないので抗癌剤投与での治療一択ということでした。

ところが年が明けた1月末に病院から、「抗癌剤が奏功して2月14日に手術を考えています」との連絡が入りました。思いもよらなかったことなので喜ぶとともに、それはそれで動揺しました。なぜかというと大きな手術ですから帰らぬ人になることもあり得るわけです。「あと2週間で全てが終わっちゃうかも知れない・・・」なんていう思いがよぎっていきましたが、悩んで祈って聞いて、手術をしていただくことを決断しました。

手術は9時間弱でほぼ予定通りに終わりました。その後の集中治療室での過酷な一夜。一般病棟へ戻ってからの痛みに加えてせん妄の出現。さらにそれまで服用してきた、中毒性のある抗不安薬を入院中に止めるという治療も行われました。メンタル的にどん底の時に抗不安薬を服用できないのですから、それはそれは壮絶な闘いでした。

どうして壮絶だとわかるのかと言いますと、コロナのせいで、リアルでの面会はドア越しにしかしかできないので、オンラインでつないでいることが多かったからです。

しかし由美子さんはなんと術後2週間と1日で退院をすることができました。

その後5月から術後の予防的抗癌剤を9月まで服用して今に至っています。

聖書に「死んでいたのが生き返ったのだから」ということばがあります。放蕩息子が父の元に帰ってきた時に父が語ったことばです。

今の僕はまさにこの心境です。考えれば考えるほど夢のようです。

クリスマスの後に由美子さんが出演しているラジオ番組がアップされました。これまでの経緯をお話ししていますのでぜひお聴きください。

改めまして、医療チーム、心にかけてご支援くださった多くの皆様、家族、そして共に闘ってくださった主なる神様に心から感謝いたします。

現在由美子さんは経過観察となっています。これからもふたり一緒に主を見上げて歩いてゆきます。お祈りに覚えていただければ幸いです。

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