主をたたえよFinal Mix
「主をたたえよ」という新しい賛美歌は友人の島先克臣さんの詞に作曲したものです。僕と克臣さんの交流が始まったのはここ数年のことです。出会わせてくれたのはPPMのピーター担当の高橋和義さんです。和義さん的に「岩渕さん夫妻と島先さん夫妻は馬が合うんじゃないか・・・」と閃いたそうです。そして繋げてくれました。
当時島先さんは関東に住んでいましたが、現在は関西で生活しています。そこで関西に引っ越す前に僕たちに会っておこうということで、わざわざ会いにきてくれたんです。そしてギンイロヒコーキで初顔合わせをしました。もちろん和義さんも合流して数時間?なんだかんだ話が弾みました。この時にどうやら馬は合っているらしいことがわかりました。
そしてその年のクリスマスシーズンに僕たち夫婦で関西のコンサートの予定がありましたが、スケジュールの合間に島先宅へ泊めてもらうという、人見知りな僕にとっては前代未聞の画期的な行動に出たんです。どうやら完全に馬が合っているという証拠のようです。
和義さん的には「そんなあ・・・僕より先に泊まりに行くなんて・・・」状態だったと思いますが、和義さんの閃きが大的中したというわけです。
さて何の馬が合ったのかというと、この「主をたたえよ」の歌詞にあるような聖書理解と言って良いのだと思います。
ここ10年くらいの僕の口癖のひとつに「もし聖書のメッセージが人が救われるということだけなんだとしたら、どうして神はこんな厚い聖書を作ったんだろう」というものがありました。多分克臣さん夫妻に会った時にもそんな話をしたことと思います。
克臣さんは旧約聖書の学者です。そんな「?」だらけの僕に丁寧にいろんなことを教えてくれました。今でも教えてもらっています。我が家では「困ったときの島先家頼み」みたいな暗黙の了解があります(笑)。
もちろんどんなに優れた神学でも神の領域には届かないわけですから、自分たちの聖書理解が正しいなんて主張する気はありません。僕が一番大切にしたいのは「今を生きるための信仰」みたいなことです。
この曲のレコーディングはそういう意味でも、レコーディングのスキルをチェックする意味でも大切な曲になりました。このFinal Mixをアップする前に2パターンの同曲をアップしています。ユーチューバー的にはNGだと思いますが、ご勘弁ください。前の2パターンをアップした中でもいくつも学ぶことがありました。そして3番目をアップした段階でも不可解なことが残っています。こんな不可解なんて今回のように追求をしなければスルーしてしまうようなことです。もう少しで宝箱を見つけれられるところまで掘ったような感じがしなくもありません。
「主をたたえよ」というタイトルは賛美歌としてはオーソドックスなタイトルですが、込められたメッセージはそうではないと思います。そして僕はこの歌のメッセージを胸に生きて行きたいと思っています。








