歌うたいよ、君はどうするんだ!
広島に原爆が投下されて81年。僕が生まれる8年ほど前のことです。この年齢になると8年なんて数日前のようにも感じます。原爆投下の数年後に生まれたんだと改めて思いました。
僕は毎年8月になるとなんとも言えない気持ちになります。広島、長崎、終戦(敗戦)と悲惨な戦いで亡くなられた方々を悼む気持ちと共に、自分は戦争反対の歌ひとつ歌ってこなかったという負目を感じてしまいます。もちろんそんなテーマの歌を歌ったことはありますが、それがどれほど自分の思いの芯から出ているかといえば微妙です。これほど僕は思うこととやってきたことに乖離があるんだと考えて、落ち込んでしまうわけです。
国はと言えば「核兵器廃絶を誓います」とことばにはしますが、はたから(本当ははたじゃないですが)見ていてこの国の政治がそんな風には見えません。政治家は当選しなければ仕事ができませんから、選挙がどれだけ大事なのかは政治家になってみないとわからないことだと思います。しかしその為に極端な勢力の後押しを得て、その為の政策を実現していこうとすることに恐怖を感じます。
ですから「国民の為に・・・」なんていうことばはただの絵そらごとのように思えます。ひと昔の言い方をすれば貴族が高いところで物事を司っていらっしゃる感じしかしません。高いところから見下ろして「今日も蟻たちは頑張っているなあ、よしよし」です。そして「国民の皆様のお声に真摯に向き合って」とか言っておけば国民は馬鹿だから大丈夫と思っているんだろうとしか思えません。
なぜか広島の平和記念式典を見たら、毒付き始めてしまいました。これも落ち込んでいるからということでお許しください。
でも「歌うたいよ、君はどうするんだ!」との声が聞こえてきます。しかしそれを受けてたつエネルギーが少々不足気味ではあります。それでもいつ何時思いがけない力が訪れてくるかもしれませんね。
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