聖書はそう言っているのか?
もし座右の銘は何かと問われたら「あなたは正し過ぎてはならない」と言うかもしれません。これは聖書の伝道者の書に記されていることばです。若い頃からこのことばがいつも心のどこかに引っかかっています。
僕は最近本を読めなくなっています。著者の方から直接頂戴したご本もあるのですが、なかなか読み始められないんです。そんな中これは!と思って手に入れた本がこれです。

これは!と思ったのはどうしてかというと、元々LGBTQについて知らなければという思いを持っていたことと、今キリスト教の世界で、ある意味矢面に立って信念を貫いていらっしゃる藤本満牧師の著作だからです。
そして本が読めなくなっている僕が、なんと三分の一ほど読み進めています。そしてここまで読んだだけでたくさんの気づきがありました。例えば「LGBTQについて知らなければ」と思って手に入れたということ自体に問題があることに気がつきました。というのは気づかぬうちに異性愛者としての自分がメインストリームで、LGBTQの方々がマイノリティーだという構図で物事を見ていることがわかったからです。
この本はLGBTQについての本ですが、ひいてはクリスチャンが聖書をどう読むのか、どう生きるのかを問われていると思います。
ある友人にキリスト教の信仰って個人的すぎると思うんだけど・・・、と言ったら、いや「自分的すぎるんだよ」と言われました。確かに個人と自分とは違います。ともすると、自分が救われているかどうか。自分の信仰姿勢はこれで良いのだろうか。自分は神に愛されているのだろうか・・・等々に終始しているような感じ・・・とでも言いますか。
信仰はなんのためにあるのかといえば、神と人を愛することです。自分だけきれいさっぱりしてチャンチャンではないはずです。
さあ残りの三分の二を読むのが楽しみです。と言っても後半は難しくなるというような予告もありましたので、ちゃんとついていけるかどうかわかりませんが、読み進めるほどに辺りが明るくなってゆくのではないかという感じがするので楽しみです。








