ボランティアのMr.ポール
「あんだの旦那さんと俺とはつうかーの仲なんだ」。これは東日本大震災の年の夏前に牡鹿半島の泊浜を訪ねた時、漁師のHさんが由美子さんに言ったことばです。それを耳にして僕は「そんなに何度も会っていないし、つーかーってほどでもないでしょう・・・」と冗談まじりに言うと、「いやあ嘘ではないんだよ、避難所での暮らしはみんな孤独だったから、そこへ来てくれたあんたたちにはそんな気持ちがあるんだよ」と言われました。その日は大きな催しがあって海の幸が振舞われていました。僕は焼き魚をいただきながら、涙が止まらなかったことを覚えています。
あれから15年、変わってしまったことやもの、そして変わらないことやもの。その中で僕たちはなんとか生き抜いてきたのだと思います。震災から10年の年に釜石で少し大きなコンサートを計画していましたが、それがコロナで実現できなくなり、支援活動もちゃんとした節目をつけずに終えることとなりました。今も残っているのは釜石のウクレレ会に贈呈されたコアロハのウクレレと皆さんとの思い出の絆です。
僕が関わった支援活動は「LOVE EAST」によってなされていました。当時は「東北応援団 LOVE EAST」と言っていましたが、現在は「LOVE EAST」として能登の支援活動を継続しています。
「LOVE EAST」から「CAS」が生まれ、そこから「アリシアの森」が生まれてきました。東北に撒かれた支援の種は今、あちらこちらで芽を出し咲いています。Hさん達は今どうしているのかなと思う15年目の今日です。
当時生まれた歌のひとつです。








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