沈黙を友としよう

今週の月曜日の夕方くらいから体調が悪くなり、ほとんど仕事ができない状況になっていました。原因は病気ではなく花粉症のようです。それも風邪と見分けがつかないような症状で、花粉症にしては辛すぎる、風邪にしては何か一味違うという風情でした。お医者さんからアレルギーの錠剤と点鼻薬を処方していただき使い始めましたが、鼻や喉の方は少し改善されたような感じがしたものの、全身の倦怠感は変わりませんでした。

とうとう昨夕からしっかりと発熱をして、解熱剤を服用して今日は熱が下がってこうして久しぶりに仕事部屋に入りました。ということでベッドへ入っている時間が長かったので、一冊の本を読み終えることができました。

実はこの本はだいぶ前にいただいたもので、途中まで読み進めたままになっていましたが、いろいろ思うところがあり、読まなければと心に決めて読み始めました。そして昨日読み終わりました。

内容はタイトルの通りで、新大陸へ移住したピューリタンから現在に至るまでのアメリカのキリスト教の変遷を記しています。最近はニュースでもアメリカの福音派のことが語られますが、僕もアメリカから伝わった福音派(それほど意識したことはありませんが)の教会で洗礼を受けました。

この本を読み通してみていろんなことが腑に落ちました。おかげで良い意味で力が抜けました。それは聖書のみことばをどう読むのかによって信じ方、生き方に違いが生まれることがスッキリとわかったからです。

そのことを以前から理解はしていましたが、アメリカのキリスト教の歴史を改めて学ぶと、さらにはっきりとしました。それはアメリカの物語の中で育ったキリスト教があるということです。ですからそのことに関してあれこれ言うのはお門違いだとわかったと言うことです。

そして今後は何が正しいのかの議論は心底避けたいと思うようになりました。神を愛する種が自分にあるとすれば、それは自分の中で育てるものです。でも正しさがその栄養にはならないのだろうなと思います。

昨晩アップした歌声ペトラは「沈黙を友としよう」です。これからはなるべく人里を離れて原っぱにいようかなあ。