時計がいる派いらない派

最近、腕時計の電池交換をしたいとぶつぶつ言っていましたが。もう去年になってしまいましたが、12月27日に電池交換をしてくれる時計屋さんに持ち込みました。その時は時間に余裕がなかったのでお願いだけして、後日受け取るつもりで立ち寄ったんですが、ご主人が「5分待てる」と言うので「はい!」と待つ事にしました。そうしたらすぐに「こりゃあ機械で開けないとだめだ」と言う声が聞こえてきて、手では開かないくらいキツくしまった裏蓋だったようです。と言う事で昨日受け取る約束をして、時計をお店に預けてきました。

時計といえば僕は時計好きでした。「でした」と言うのは今はそれほどでもなくなったからです。そのお店は遠方からマニアがやってくるというお店で、レアな時計や年代物の時計を扱っているお店でした。元々時計好きな僕ですから「お!」っと思ったんですが、それ以上沼にハマる危うさは無くなっていました。

そういえば先日友人の家へ行った時にふと時間が気になって時計を探したんですが、なんと部屋に時計がないんです。奥さんに「時計がないんですね・・・」と言ったら「主人は時計がいらないって言う人なんです」とのこと。とにかく太陽が登ったら起きて沈んだら寝るみたいに、時計なんかなくても大体時間はわかる派なんだそうです。そういう「派」があるかどうかはわかりませんが。

僕は逆で時計が欲しい派です。ほぼ部屋という部屋に時計があります。多分なくても生きてはいけると思います。というのもコンサートの演奏時間に多い1時間半という長さは感覚で大体わかります。若い頃にラジオのパーソナリティーをしていたこともあるので、時間通りに終わるという事にある種の快感をおぼえるタイプです。なので、なのか、でも、なのか、憧れるのは時計がいらない派の人たちです。だって大昔は時計がない時代もあったんでしょうから、生きていけないわけがないです。その代わりみんなが時計なしの生活に移らないといけないかもしれませんね。その時には「明日太陽がテッペンから少し降りた頃に会おうか」とかなるんですかね。

ところで昨日時計を受け取りに行ったらご主人が「この時計は正確だあ!電池を入れてから1秒くらいしか狂いがない!」と声を張って言っていました。やはりこの方も時計狂なんだなと思いました。そして交換の費用がなんと1000円でした。「最安値だあ!」とやはり声を張って言っていました。とにかく電池交換が終わっただけでも嬉しいのに、1000円なんてなんてありがたいんでしょう。

時計屋さんは八高線の高麗川駅近くにありますよ、とマニアの心ををくすぐってみる。