まさかの「花」
「2斤のパンを買うのならば1斤にして残りのお金で花を買いなさい」。昨晩のアリシアの森のテーマトークお茶会で印象に残ったことばです。
コンサートでお花を頂戴することがありますが、正直僕はそれほど嬉しいと感じることがありません。花より団子派(汗)ということでしょうか。「2斤ののパンを〜」は団子を半分にして花を買い、食卓を、部屋を、豊かにしなさいと言う意味です。
昨晩はまたまた僕の欠けたところを見抜かれた感じがしました。これまでの人生でそういう豊かさに欠けた生活を送ってきてしまったという自覚があるということです。一種の後ろめたささえ感じます。
しかしこうも思います。それは歌が生まれる原点は花のない食卓でもあるということです。そこに花を思い描くようにして歌を作ってきたなということです。
たまに美しい景色に出会うと誰かに冷やかしで「こんな景色を観たら歌が生まれるんでしょうね・・・」と言われることがあります。その時僕は「こんな景色が目の前にあるんだったら歌なんか要りません」と答えます。
ところで今の僕はなかなか歌ができません。ひょっとすると少なくとも精神的には食卓に花を飾っている暮らしをしているのかもしれません。だから以前のようなハングリーをきっかけとエネルギーにして生み出される歌を作ることができなくなっているのかもしれません。
ふと自分のこんな歌を思い出しました。デビューアルバムに収録した『テーブルの向こう』です。
歌詞の終わりの「どうせ死ぬなら私は 空から海へ落ちて死にたい」なんて言う女性のことばがありますが、この頃も、これまでにもこんな人に出会ったことはありません。すべては僕のイメージの世界でのことで、この時の僕にとってのこれが「花」だったんでしょう。
この曲を作ってから約半世紀が過ぎました(恐!)。今の僕は住むところがあって妻がいてくれて、子供たち、そして孫までいます。そして活動拠点の小さなお店まであります。まさかの「花」が僕にしたら想定外の大きさで咲いているのです。
さあこれからはハングリーの名残を横に置いて、テーブルの上の花たちをちゃんと観ながら歌にしてゆく時なのだなと思わせられました。
『テーマトークお茶会』で発題してくださっている島先さんはもちろんのこと、参加してくださっている皆さんに感謝します。